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【魔法のカード】:OlMO(オルモ)=Card#0004

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TSUTAYAと提携する以前のOlMO(オルモ)カードである。
本店はどこにあるのか分からないが、一関では比較的大きな郊外型の本屋さんである。
夜遅くまでやっているのと、駐車場があるので気軽に車で行くことができる。(笑)

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tag : #魔法のカード

【カメラ達】:Ai Nikkor 85mm F1.4S=レンズ

2003/04/09 [Ai Nikkor 85mm F1.4S]
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マニュアルレンズの名機 Ai Nikkor 85mm F1.4S である。
これもオークションで入手したが中古とはいえ、程度良の品物である。何枚か写してみたが、レンズの解像度も高くすばらしい写りであった。
今さらのマニュアルであるが、手持ちのカメラと組み合わせて撮影するには当然ながら露出、ピントともにマニュアルでじっくりと撮影することになる。

tag : #カメラ達

か行:ぎっつり(ぎっつら)

言葉:ぎっつり(ぎっつら)

意味(ニュアンス):目一杯、ぎゅうぎゅう詰め

用例・用法:タンスんながさ、ふぐがぎっつらどひゃってだ

解説(解読):タンスの中に洋服がぎっしりと入ってる

備考:





【あの人61】S・Sさん

子供の頃、憧れのお兄さんだった。彼には私よりもも2つ年上の弟がいた。
けれど弟さんよりも彼のほうが小さな子供達の面倒見が良かった。
その頃は、今の子供たちと違って遊ぶときは縦社会なのだ。
もちろん同級生のつながりもあったけれど、必ず年上の人たちに混じって遊んでいたものだ。
私は彼から7つや8つぐらい下で、味噌っかす的な存在なので、いつも彼らの後を必死になって追いかけていた。
私はひょっとしたら、その縦社会の末期の存在ではないのかなぁと思う。
幼稚園の頃には、手先が器用だったのだろう、ソリや竹スキーを作ってくれた。
当時は今よりも雪が多かったので、家の裏坂や少し離れた山の斜面などで、良く滑ったものだ。
もっとも彼のお父さんは竹細工で、何かを作っていたのだから、血筋かもしれない。
また、機械物にも詳しかった。もちろん車やバイクなどという大人の遊び道具ではなく、自転車という子供にとっての唯一の移動手段。
彼の庭には彼専用の自転車小屋という名のガレージがあり、その壁には自転車いじりに必要なレンチやスパナなどの工具類が掛けてあった。
そうしてコツコツと自分の自転車を修理したり、改造したりして乗っていたのだと思う。
私が初めてサイクリングらしいことをしたのは、小学校の1年か2年だったと思う。
自宅から7~8Km離れた平泉町の中尊寺までの往復だったが、そのサイクリングを企画して連れて行ってくれたのが彼である。
そして、運動神経も抜群だった。私が小学校に入った頃には、彼は中学生になっているのだが、多分体操部に入っていたのだと思う。
時々以前と変わらずに遊んでくれたのだが、時々前転から側転、そしてバク転・バク中という連続技を見せてくれた。
もうこれだけでも、彼は私たち小さな子供にとっては、憧れ以上のスーパースター的な存在である。
その後、結婚して元の自宅で暮らしていた。けれど、その家が狭いこともあってか、どこかに家を建てたのであろう。
ここ10年ぐらいの間に引っ越してしまっていて、気がつくと元の自宅は更地になっていた。

【2度目の入院:その2。】

前置きが長くなってしまったが、その入院生活で思い出深い出来事を書いてみる

小学校5年生の4月に入院し12月に退院した。
入院したのは4月6日、新学期に間に合うように朝から移動して入院手続きと入学手続きを行った。
地元の一関市立山目小学校にも、多分1日だけか登校したはずであるから、途中で転校という形になったのだろう。
その入院の日、親父とお袋と自分の3人は親父の運転する車で仙台へと向かった。
親父は何を勘違いしたのか、仙台市内の国道4号と45号の交差するところから東に向かってしまった。
途中で人に道を聞いて、また西多賀へ向かったのであるが、親父の勘違いは仙台の東にある多賀城である。
まぁ、そんなこんなで4号線の南下し、おそらく名取川に架かる名取大橋のたもとから西多賀に向かった。
記憶ではバイパスの方なのか旧国道の方なのかは定かではないけれど、橋の欄干には大きな石の球体が乗っかっていた。どちらだろう?

病院側からは○時までに来て欲しいとのことだったけれど、道を間違えたおかげでギリギリ滑り込みだった。
それが入院第1日目の始まりである。
その日のことは、やはりちゃんと覚えている。
朝の入学手続きの時に、隣の病室に入院する多賀城から来た女の子がいたのを覚えている。彼女は症状の軽い脊髄側湾症で夏ごろまでいた。
手続きが終わったころにお昼近くになったのだと思うが、食堂でラーメンを食べたのを覚えている。
おそらく手続きが終わった後に、検査をしたのだろう。
その後に看護婦さんと会い、病室でのことなどの説明を受けて、いよいよ病室へ、入院である。

【2002年のなぐり書き】2002/07/26(Fri)

やっと岩手県も梅雨が明けた。
平年より2、3日早いそうだが、相変わらずムシムシした天候だ。
今年の梅雨は台風が2つも来たので、梅雨なんだか夏の終わりなんだか分からない感じで調子が狂った。
なんでも7月中に台風が来たのは9年ぶりなんだそうです。これは赤道付近の台風が発生する水温の高い地域がいつもの年より東にずれているのが原因らしい。そしてエルニーニョ現象とも関連があるのだとか。
ちなみに一関を流れる磐井川の水量はアイオン、カスリン台風以来戦後3番目の多さだったそうです。

Playstation2用のゲーム、「ライディング・スピリッツ」というバイクを題材にしたゲームを買ったみた。
グランプリ系のレースでは無く草レースからどんどん勝ち上がって行くという感じで、車のGT3のようなゲームなんだが、ちょっと音がしょぼ過ぎる。バイクにとってはエキゾーストサウンドも大きなファクターなのだが少し期待はずれだったかもしれない。まだ序盤のほんの数レースをやっただけなので、バイクのゲームとしての感想は無いのだが。
う~ん、失敗か。(汗)

段々暑くなってきたのだが、皆さんは夏バテをしてないでしょうか?
俺は幸いなことに夏バテというのは無いんです。しっかりと食欲もあるし痩せることも無い。それに意外と元気だし。(笑)
この前テレビで見たのだが、夏バテによって食欲が無くなり甘いジュース系の飲み物に頼ってしまうと、夏痩せでは無くて夏太りになってしまうのだそうだ。
確かにジュースは口当たりがよくて夏バテで食欲のない時にはどうしても飲みたくなってしまうのも無理はない。しかし、太ってしまうのはちょっと・・・。(笑)

長野の康夫ちゃんが、面白い。(笑)
いや、前の県知事で最近議会から拒否され失職してしまったという彼だけど。
確かに彼の思っているダムに頼らないというのも分からなくは無いのだが、どうもカリスマ性を自分で意識し過ぎているというか、「私は県知事よ」という態度というか・・・、その辺りがどうも納得ができない。
今度の知事選に出馬を表明している対抗馬の人が、その事をズバリと指摘していた。

tag : #2002年のなぐり書き

明日への記憶hnds0064

[東日本大震災]
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明日への記憶hnds0064  (2013/06/11 Mon)@岩手陸前高田

明日への記憶itk0064

[磐井川堤防の拡幅工事]
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明日への記憶itk0064  (2012/10/27 Sat)

No.340 山目立沢

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(2006/03)
こちらの住宅には人がちゃんと住んでいる。
気のせいだろうか、人が住んでる家と空家とでは何となく表情が違うような気がする。

No.339 山目立沢

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(2006/03)
立沢住宅は近い将来消えてしまうのかもしれない。
この辺は空家になっているところも多い。

No.338 山目立沢

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(2006/03)
大分少なくなってきた立沢住宅である。
一関の水害の後に建てられた復興住宅だと聞いている。

No.337 山目才天

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(2006/03)
田んぼがどんどん消えて住宅が建てられている。
意地でも残ってやるという感じの田んぼだが、すぐそこまで家が迫っている。

No.336 山目才天

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(2006/03)
以前の道が少し拡幅されて整備された。
道なりにずっと行くと国道4号、一関大橋ちょい北側に出る。

No.335 山目才天

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(2006/03)
道路が整備されて車では走りやすくなった。
北を向いているのだが、右方向で一ノ関駅、左折で赤荻、一関二高方面である。

No.334 山目立沢

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(2006/03)
岩手病院下から伸びる新しい道路。この辺は立沢と才天の境目辺り。
遠くにサティの看板が見える。

No.333 山目中野

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(2006/03)
この道も曲がりくねった、細い昔の通りだろう。

No.332 山目中野

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(2006/03)
この先の交差点を右に曲がって赤荻、一関二高方面、左折で国道4号を突っ切って一ノ関駅方面である。

No.331 山目中野

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(2006/03)
磐井橋から延ばされた道路でるが、この地点で行き止まり。
計画ではこの先真っ直ぐに延ばされて赤荻を突っ切るのだろう。
左折で立沢方面、右折で岩手病院方面である。

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う~ん、ちょっと残念。

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懐かしい感じのするライブアルバム。
ちょっと噂になってたから買ってみた。けど、音源が酷いな。
そこいらのテレコで録ったぐらいの感じ。
楽曲の気持ちは分かる。
オールマンブラザーズ風ではある、確かに。
何だか残念だなぁ。

tag : #音楽的生活

【魔法のカード】:SANTEC=Card#0003

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インターネットが一般的になる前に、だいぶお世話になったPC関係のサプライヤー。(笑)
ソフトウエアや周辺機器など、ずいぶんと通販で購入した。

tag : #魔法のカード

【カメラ達】:AF MICRO Nikkor 105mm F2.8=レンズ

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[AF MICRO Nikkor 105mm F2.8]
一時期、花とか身近な物を撮るのも面白そうとマクロレンズを使う事にした。
焦点速度はあまり速くは無かったが、被写体にグッと寄れるレンジはありがたかった。

tag : #カメラ達

【カメラ達】:Nikon SPEEDLIGHT SB-80DX=カメラ機材

2002/12/30  [Nikon SPEEDLIGHT SB-80DX]
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念願のストロボ、Nikon SB-80DX である。(笑)
今まで使っていた Nikon SB-24 では、Nikon Dシリーズとの組み合わせではマニュアルで露光を決定するか、絞り優先モードで撮影するしかなかった。しかし、絞り優先モードだとうまく露光が決定できないでいたために面倒なマニュアルで撮影していた。
この Nikon SB-80DX はDシリーズ対応なので、簡単にTTL調光で撮影できてわずらわしさから解放されるのである。(笑)
ちなみにオークションで出まわってる価格とほぼ同じ価格でネット上のカメラ屋から新品を購入した。

tag : #カメラ達

か行:きしゃまる

言葉:きしゃまる

意味(ニュアンス):終わる

用例・用法:そごがらぶつかったがら、きしゃまったな

解説(解読):そこからぶつかったから、修理不能だな

備考:壊れてしまって、もう使えない状態







【あの人60】M・T君

小学校5年の、多分、俺が入院した年に転校してきた、男子である。
俺は小学校5年の時は、4月の始業式前から12月の冬休みまで、仙台の西多賀の病院に入院していた。
そこの事は、なんだかサイトでも書いたが、病室に学校の先生が来て、普通の小学校のように勉強ができるところである。
退院したのはベッドスクールの終業式の日、前にいた山目小学校の5年生として戻ったのは、お正月明けである。
当然5年生の転校生として山小には戻ってきたが、ほとんどの児童は昔からの友達である。
しかしながら、その中には何人か、俺が西多賀に入院している間に転校してきた児童もいた。
M・T君も多分そうだろう。
山目小学校の春の始業式には出ていないので、その時に転校生がいたかどうかは分からない。
その山小の5年生は掃除当番として、1年生の教室も掃除する班があった。
彼と俺は班が一緒なので、当然一緒に1年生の教室を掃除することになる。
そして、その掃除先のクラスには彼の弟が在席していた。
年頃の男子にとっては弟や妹はなぜかくすぐったい存在なのだ。
そういう理由からだろうけど、一緒に掃除に行った日に、突然弟を捕まえて柔道の選手のように一本背負いを決めてしまった。
小さな弟は何の抵抗もなく、床に落ちた。
でも、きっと手加減をしていたであろう、弟が着地したのは足からだったので、これといって泣くことも、怪我をすることも無かった。
きっと普段からふざけあって、兄弟で柔道ごっこをしているのであろう。
彼に付いて覚えているのは、たったその1日だけなのである。
他にも一緒に遊んだりしたはずなのだが、他の事は覚えていない。
そんな5年生も、やがてそのまま6年生になった。
けれど、彼は同じ教室にはいなかった。転校して行ったのだった。
どこへ転校したのかさえも、俺には分からなかった。
そういえば、山小に戻ってきて数ヶ月して、あの「浅間山荘事件」が起ったのである。

【2度目の入院:その1。】

小学校5年生のことである。
おそらく人生2度目の入院生活だ。
自分のサイトにも時々名称が出てくる、宮城県仙台市にある「国立療養所西多賀病院」(現独立行政法人国立病院機構 西多賀病院)で「大腿四頭筋拘縮症」の治療で8カ月の病院生活を送った。

自分は小さい頃に体が余り健康ではなく、よく市内の総合病院にお世話になっていた・・らしい。
そこで治療のために太もも(大腿四頭筋)へ筋肉注射をされていた。
それが原因で、筋肉が固まり成長するにつれて足を引きずり独特な歩き方をするようになってしまった。
それが大腿四頭筋短縮症である。
具体的な治療方法は理解していないが、手術で萎縮した筋肉を(どうにかする?)、手術の後にある程度の期間、膝を屈折させたままギブスで固定し太ももの筋肉を伸ばす、ギブスをとった後はリハビリにより筋力を付けることと筋肉を伸ばす・・ことが一般的ではないかな。
西多賀病院には一関からの子供たちが大腿四頭筋拘縮症のために断続的に何人も入院した。
自分もその中の一人である。

西多賀病院は脊髄側湾症(だったと思う)や股関節ペルテス、進行性筋ジストロフィー症の子供たちが大勢入院し治療していた。
そんなわけで、西多賀病院には分校として小中学校が併設されていた。現在でも小中学校が併設されているのではないかな。
病室がそのまま教室になるので、子供たちは楽しい学校生活も一緒に送れるというわけである。
そう言えば当時の病院の住所も覚えている。
「宮城県仙台市鈎取字紅堂13 国立西多賀病院 6下8号」である。
最後の6下8号は6病棟の1階8号室という意味である。
ちなみに下は1階で上が2階という意味である。(笑)

tag : #2度目の入院

【2002年のなぐり書き】2002/07/05(Fri)

少しばかり早く起きたので(それでも普通の人はとっくに出勤してる時間なんだが・・・)寝ぼけた体にコーヒーを流し込みながら書いてみる。(汗)

もう7月である。
今年も半分が終わってしまった。
仕事柄、12月の後半が忙しくなるので今頃の時期から年末が気になりだす。

日韓共催のW杯が終わった。
日本は決勝Tには進んだものも、1回戦で敗退。隣の韓国はベスト4まで勝ち進んだ。
これはちょっとすごいことなのではないか?
次のW杯までにどれだけ強くなれるのか、サッカー好きじゃ無くても期待してしまう。(笑)
日韓共催が決まったのは何年前だっけ?
なぜ共催になったんだっけ?

6月の後半は雨の日が続いて、梅雨らしいと言えば梅雨らしい天気だった。
そのおかげでせっかくの休みにお日様を見ることが少なかった。
ここにきてレンズをオークションで買い足したのだけど、その実写テストや絵作りもできなかった。
撮影したものといえば、室内での物撮り。(汗)
ちょうど昔から憧れてた 300mm F2.8 、いわゆるサンニッパのレンズが思ったよりも安く手に入ったので、このレンズを使った写真を撮りたかったけど、それも雨でかなわない。
梅雨が明けて、お日様がギラギラしてきたら思いっきり振り回そうか。(笑)
あっ、28mm F2.8 なんて言うレンズも買ったから、こっちはじっくりと構えるのもいいかも。

このごろ、食品関係での素材や賞味期限なんかのごまかしが明るみに出てきてる。
これは最近になってごまかすようになってきたのでは無くて、表に出てくるのが多くなったと思わなければいけないだろう。
おそらくは昔からあったはずだが一般の消費者には分からなかったということだ。
なぜ表に出てくるようになったのかといえば、やはり内部からの告発ができるような人間が増えてきたのだろう。このことは歓迎されなければいけないだろう。企業にとっては厄介な事なのだが、社会正義とか企業倫理とかを忘れてしまった人間たちへの大きな警鐘なるはずだ。
歓迎というと変な言葉かもしれない、元々このようなごまかしはあってはならないはずなのだから。

tag : #2002年のなぐり書き

明日への記憶hnds0063

[東日本大震災]
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明日への記憶hnds0063  (2013/06/11 Mon)@岩手陸前高田

明日への記憶itk0063

[磐井川堤防の拡幅工事]
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明日への記憶itk0063  (2012/10/27 Sat)

No.330 山目泥田

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(2006/03)
最近通された新しい道路と昔からある曲がりくねった細い道路の交差点。
この辺は田んぼだったので、その中を流れる小川にそったあぜ道だったのだろう。
細い道路なので車が通り辛いが、利用しだいでは便利に通れる道なのだ。(笑)

No.329 一関サティ

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(2006/03)
郊外型大型店舗。(笑)
何年前にできたんだろう? 時代の流れか、一関でも郊外にどんどんショッピングセンターが進出している。
元からある地元商店街には大打撃なんだろうけど、消費者から見れば駐車場もちゃんと完備されて品物の種類も豊富な大型店はありがたい。
難しいところではある。

No.328 山目泥田

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(2006/03)
国道342号、通称「厳美街道」の岩手病院下の交差点。
何年か前までは岩手病院に上がって行く道路はもう少し右側にあった。
立沢を経由して国道4号に連絡する道路に合わせて今の所に新しく通した。

No.327 岩手病院

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(2006/03)
正確には「独立行政法人国立病院機構岩手病院」というらしい。
子供のころに一度2週間程、気管支炎で入院したことがある。その時に八重歯の原因になりそうな糸切り歯を抜かれてしまった。
それ以来歯科には行ったことがない。(汗) 養護学校も併設されている。

No.326 岩手・秋田県境

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(2005/10)
今度は秋田県側から県境を撮ってみた。
正面には須川高原温泉の建物が見える。具合のいい温泉湯治場らしい。(笑)
一関では栗駒山を須川岳と言うのが一般的である。

No.325 岩手・秋田県境

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(2005/10)
これから先、秋田県東成瀬村である。
一関市厳美町、須川高原温泉の辺りであるが、一関の一番西端ということになる。
さすがにこの時期は紅葉がきれいなので、観光客でごった返している。車を停めるスペースを確保するのも難しい季節である。

No.324 一関市・平泉町境

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(2005/06)
ちょっと平泉町にはみ出して、一関の標識を撮ってみた。(笑)
平成の大合併で大きくなってしまった一関。平泉は単独の道を選んだ形になってしまったが、この先どうするのだろう。
やはり平泉を突き通すのだろうか。

No.323 中里新町

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(2005/06)
場末という言葉が似合いそうな雰囲気をかもし出しているが、その昔は活気にあふれていたのだろう。
通りの両側には今でも商売を営んでいる家が何軒もある。
なんとも不思議な印象がある。

No.322 山目町

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(2005/06)
山目駅を後にすると、しばらく直線の道路が続く。
ひところは車の通りも少なかったが、今では朝夕はもちろん日中でも結構な交通量がある。

No.321 JR山ノ目駅前

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(2005/06)
東北本線下り、一ノ関駅の次が山ノ目駅だ。確か無人駅になってしまった。
昔は両側に商店が連なっていたのを記憶しているのだが、どうだっただろう?
駅の規模にしては結構広い駅前が印象的。(笑)

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